みんな忙しい

今月は日本で、タイで、シンガポールで、なぜかいろんな人と会う月だった。なんでかはよくわからない。そんな中ふと思ったのが「みんな忙しいんだなー」ということ。

そして、みんな大丈夫かな?ということ。

別に他人の生活スタイルをどうこう言うつもりはない。みんな、っていうのもかなり不特定多数に対して感じたっていうだけだ。まず第一に子育てをしている人は忙しい。お母さんが忙しいのは言わずもがなだけど、大抵の場合お父さんも大変だなぁと思う。そして次に働いている人も忙しい。出張に追われ、時差の間をぬってテザリングしながらテレカンして。自分の部屋でゆっくりするのなんてほんのちょっと。さらに働いている人の休日も忙しい。週末になったらどこかへ旅行、やっとの思いで慌ただしく荷物を抱えて飛行機へ直行。

いやいや、あんたも同じやん、と言われそうだし、実際まぁそんなに大差ない(あるいはひどい)のだと思うのだが、それでもそんな彼ら、彼女らの日常をSNSで見たり、たまに会って話を聞くと、灰色の男たちとまでは行かずとも、カラフルな服装で素早く高層ビルの間を歩く人たちの雑踏で、汚い格好で亀の後ろをゆっくり歩くモモの気分になる。もちろんある日の自分は彼らと同じように素早く歩きスマホをしている人たちに紛れるのだけど、私はモモの気分の方を大切にしたい。また時に、忙しいほどの仕事もせず、子育てもしているわけでもなくて、世の中の誰にも求められていないような気持ちにも苛まされるのだけど、モモの気持ちになるとちょっとホッとする。そうではないのだ、と。

長い出張、繰り返される移動、毎回違うベッド、家族と一緒にいる時間の少なさ、それゆえに帰ってきても帰ってきた感のない家、そういうものってみんな、ちょっとずつ自分を磨耗させていくものなんじゃないかと思う。私も移動が多いから、逆にどれだけ移動していてもどこでも眠れるように最適化はされてしまったし、むしろ飛行機の中は寝心地良いとか思っている人ではあるけれども、それって多分「家」が自分にとって居心地が一番いい場所にできていないからかもな、と思う。

そんなの基本みんなの自由なんだけど、それでも私はそういう忙しい人がちょっとだけ心配だ。やりがいや成果があるのはいい、むしろ羨ましいくらいだけど、ほんのちょっと足元が地につかずに消えてしまっているような危うさを感じる。

今週から旅にまた出る予定で、しばらく色々続くのだけど、できるだけ忙しくなくゆっくり無理をせずに人に頼りまくって乗り切ろうと思う。幸い10月で切れてしまう家の契約は、なんとかVISAが切れるまで来年の春くらいまでは維持できそうなので、とりあえず年内はシンガポールにいることができそうだ。

VISAの申請は9月にすぐ行う予定で、すぐに更新が簡単か、長い道のりになるかはわかるだろう。長い道のりになったら頑張るのか、頑張らずに転職してこの国に残ることを選ぶのか、頑張らずに転職もせず今の仕事形態を続けやすい場所へ移動するのか。(でも今の仕事形態一体いつまで続けられるというのか)いろんなことは綱渡りだ。

でも多分次に私が何かを決める時に考えるのは「忙しさ(=自分でコントロールできる自由)」「家」この二つなんだろうな。

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