3か月の小さな写真館

3か月の旅行のまとめをずっとしたいと思って、どういう形でまとめるのがいいか色々考えたのだけど、結局妥当なツールが見つからず断念した。案外ない。

言葉にするとどうしても多くなりすぎてしまう。でもどうしても伝えたい風景もある。きれいな風景写真ならどこにでもあるんだろう。でも私の見てきたその世界。

写真を見返すとあれもこれも、といくらでも出てくるのだけど、あえて写真を見なくても瞼の裏にその情景が浮かぶようなそれだけをピックアップした。ではvamos vamos.

ブラジル

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リオデジャネイロの雨上がりの夕焼け

ブラジルは最後に訪れた国だ。もう色々と考える時間もなくて、リオデジャネイロに一週間、残り4日ほどをサンパウロの同級生の家で2歳児と遊びながら過ごした。この景色は本当はsugarloaf(この真ん中に見える岩山)にケーブルカーで登ろうと思っていたのだが、途中で夕立が来て諦めて近くのショッピングモールに入ったら偶然見かけた展望台(しかもクローズしていてその横のバー)でパッションフルーツ入りのカイピリーニャ(ブラジル的モヒート)を飲んでいた時のことだった。

コロンビア

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メデジンの山に向かって埋め尽くすスラム街

メデジン、少し前に話題になった一橋大学の学生さんが殺された街だ。私が訪れたのは彼が殺されて1ヶ月後くらいではなかったかと思う。武勇伝として語る気は毛頭ないが、私は特に危険な目には合わなかった。街にはメトロが走っていて、急峻な山に囲まれたこの街ではメトロの端からはなんとケーブルカーが公共交通として使われている。そしてこのケーブルカーの下にはスラム街が広がり、これはその駅から撮った写真だ。ちょうどラッシュ時間だったのと、さすがにスラム街に帰る人たちの行列に並ぶのはちょっと気が引けてケーブルカーには乗らなかった。山を街が飲み込むように広がり、夕日に照らされていく様は月並みだけどとても美しかった。

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グアタペのわんこ

グアタペはメデジンから2時間くらいバスに行ったところにある。その手前に200m以上の一枚岩の名所があって、そこから見る景色は絶景。でも写真いっぱいあると思うのであえて載せない。そこからバイタクで10分くらいで来れるグアタペはやたらめったら可愛い街。あとメデジンを含めこの辺り一帯の名物がチョリソーらしくて、BBQで出されるものがすこぶる美味しい。

コロンビアはカリブ海側のカルタヘナからスタートし、モンポス(青年海外協力隊の方をtwitterでナンパして勝手に訪問させていただいた。カルタヘナよりのんびりしていてここも大変良かったし、銀細工のアクセサリがたくさんあってやば楽しい)、カルタヘナに戻ってボゴタの同級生宅を占領し、途中でメデジンへ行ったみたいな感じでだいぶ満喫した。だいぶ気温差があり、全く違う風景を楽しむことができる。個人的にコロンビアは本当に旅行にオススメ。

なぜかコロンビアでは面白い動画が撮れて、twitterにあげたのでリンク入れておく。

Bogota sunset time lapse


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カルタヘナはおしゃれ街

メキシコ(2)

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サンクリストバルの街角。みかん。

メキシコへはキューバを挟んで2回行くこととなった。こちらは後半戦に強行突破でバス片道22時間の道のりを突破してたどり着いたサンクリストルバル。カンクンとは全く異なるインディヘナの闊歩している高原地帯の街。かわいいものしかない。

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サンクリストバルのお土産

ここで私は旅の相棒とも言える謎のぬいぐるみを3匹ゲットする。(1匹はもうサンパウロの同級生の娘に贈呈された。)世界中の知り合いの子供にわけのわからない街のぬいぐるみを配っているおばさん。いつか彼女達の手がそこで繋がっていけばいいなぁと思いながら。

キューバ

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カラフルなトリニダの街の夕焼け

キューバの写真は沢山ある。ありすぎてあえてこの2枚だけを選んだ。キューバでは私はハバナ>トリニダ>ハバナ>バラデロといった感じで回って、ここだけは年末年始だった&友達と一緒だったこともあり、普通に観光気分で回った。民泊が定番のキューバでは、トリニダは完全にホームステイで、自分の部屋にドアもなく、トイレに行く時は家の住民が通り、朝も夜もごはんを作ってもらって、スペイン語だけの怪しい会話でずっと顔に笑みを浮かべていた。世界中のどこへでもいけるけれども、時空を旅することはできない。でもキューバは30年くらい前にタイムスリップするようなそんな国だった。

絶対また行きたい。

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青空に青い海に青い車(スピッツかよ)

メキシコ(1)

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カンクン

メキシコはフランクフルトからCondorというbudget airlineで飛んだ。カンクンではまだクリスマス直前で仕事もあったので、朝と夜働いて、午後はひたすらHotel zoneのビーチを歩いていた。波が高いので泳ぐには不向きだけれども、本当に本当に本当に綺麗な海が見れた。(晴れてたからというのもあるが)

クリスマスモードになるにつれ、カンクンを離れ、コスメル島でダイビング、セノーテ満喫(グランセノーテでシュノーケリング、ドスオホスでダイビングやっているのでだいぶ満喫している)、トゥルム遺跡を回り、アクマルビーチで海がめと遊び、プラやデルカルメンでまったりして、まぁだいぶ楽しみ尽くした。

スペイン

と言ってもスペインは出張だった。ルートから行くと、アフリカから帰ってきてフランクフルト、フランクフルトからアリカンテ、またフランクフルトに戻りメキシコへ入った次第。文字どおり公私ともにお世話になっているご家族のうちに泊まり、すっかり旅の羽休めになった。

しかし私は忘れないぞ、あの社内クリスマスディナーの途中で眠気にやられ最後のメインでフォワグラを一口も食べれなかったことを!!!

エチオピア

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コーヒーセレモニーをする女性。手前のハーブのようなものを入れる不思議な飲み物。

エチオピアはアディスアババに基本いて、1日だけコーヒーの原生地と言われるカファ地区の入り口にあるJimmaという地方都市へ行った。アディスではずっと晴天で、そのくせ標高が高いため結構涼しくて最高だった。しかしなんというかモバイルネットワークが遮断されてしまって(政府によるものらしい)外でスマホが使えない。(もしかしたらAPNの設定の問題だったかもしれない)FB、twitter、instagramにも完全に遮断されていい毒抜きになった。伝えたいことがたくさんあるんだけど、うまく伝えられないのがエチオピア。それがそのままあの国なのかもしれない。

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まさかのマンゴーアボカド二層ジュース。ライム搾って大変美味しい。

アディスからジンマに行くのはなかなか一苦労だった。前の日にわざわざバスをブッキングしたのに、当日になってバスがキャンセル。バス会社に電話したら今日はキャンセルなんだ、とrefundするから、みたいな・・・。早めに言ってくれたら他のバス会社で行けたのに・・・と絶望的に思いながら何か他の方法で行けないか公共バスステーションに行こうとしていたら、たまたま仲良くなったエチオピア人が何と自分もそのバスを予約していてキャンセルになったから公共バスで行こうかと思って、みたいな。もう完全にそいつにおんぶにだっこで連れて行ってもらった。建築系のエンジニアだったけど、とてもいい子だった。エチオピアは当時非常事態宣言の最中だったのだが、途中に反政府勢力だかテロを弾圧しようとした政府にだか焼き払われたバスの残骸がまだ残っていた。彼が「僕たちの国はソマリアやスーダンとかからテロリストが来たりして厳しいんだよね。政府がだから取り締まっている」と言っていた。

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ジンマのおばちゃん。コーヒーをgrindしているところ。

結局そのバス騒動でジンマからはほとんど一泊だけしてすぐ帰る感じだったのだが、朝散歩をしていたらコーヒーを炒ってgrindしているおばちゃんたちに出会った。あまりに平和な感じだったので、写真撮っていい?と思わず聞いてしまったら、「まーじーでー。あら私の写真なんか!!」みたいな大騒ぎの大喜び。そしてコーヒーに興味を示したら、うちで飲んで行きなさい!と自宅でコーヒーセレモニー。こう言う街を歩いていて、その角を曲がった瞬間に見つかるホーム、たまらない。

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エチオピアの大地

エチオピアは絶賛開発中で、ぶっちゃけ高速道路とかケニヤとかより全然整備されていた(アディス近郊は)。この国は内陸国なので輸入はジブチ頼り。この高速や鉄道がジブチまで伸びている。そしてアディスの街には中国式の路面電車が走る。知らない世界、どこからも遠い遠い世界があそこにあった。

ケニヤ

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ワタムの街角で。レッドコーヒー?という紅茶っぽいものを作ってくれるおじさん

ケニヤには全部で二週間いた。ヨーロッパから出て久々のアフリカだったこと、ナイロビでは疲れがたまっていて、最初の一週間で膀胱炎に初めてなってまじ死ぬーとパニクる騒動が。(twitterのおかげで経験者よりアドバイスをもらい、市販薬で何とか鎮静できた)そんなこともあったのでサファリにも特に行かず、治安の悪いナイロビをぷらぷら。土日にロイトクトクというキリマンジャロの麓の町にマタトゥ(乗り合いバス)に乗って小旅行をして、あとは花の生産地であるナイバシャ湖のあたりに行った。小旅行をしているとフラッとキリンとかシマウマがいることもあってさすがケニヤ。

さすがにずっとナイロビもな・・・?と思い最後にちょっと向かったのが海側のワタムというビーチ。イタリアの影響が多いのか、ムッチャイタリア料理うまし。ヘミングウェイが好きだったという町で(面白いことにキューバもヘミングウェイのゆかりの地で今回はヘミングウェイづいていた)のんびりしたいいところだった。

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マタトゥから一瞬だけナイロビのダウンタウン。本当に治安悪くて怖い。

ドイツ

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フランクフルト駅

ドイツではベルリンに一週間ちょい、その後フランクフルトでフリーランス戦友?に会うために向かいつつ途中でローテンブルグという小さな町でほっこりする、という感じだった。ベルリンはスタートアップが多いと言うだけあって、本当にそこらじゅうでノマドワーカーをやるのに都合の良いカフェがたくさん。スーパーでハムとチーズとパンを買ってきて、美味しいroasterでコーヒーを買ってきて自分で入れながら朝仕事をして、途中で一回走って、今度はカフェを巡りながら仕事する、みたいな。そしてカリーブーストやらケバブやらB級グルメがまた食欲をそそる。。。。土日はちょっと長めに走ったり、音楽会に行ったり。たぶん自分のペースを取り戻すのにとても最適な街なんじゃないかな。結局何度かフランクフルトを起点にアフリカ・中南米へ行くことになったので、何となく味気のないフランクフルトの川沿いを走るのも、とても「お帰りなさい」感があって好きだった。

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ベルリンのランナー
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ローテンブルグ。絵葉書かーという景色が。

オランダ

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とても大好きだったcafe osloの日替わりスープ

オランダ、というかアムステルダムは最初に入って最後に抜けた場所だ。フォンデルパークで走って、このスープを飲んで。ベルリンより物価も高いけど、その分いろんなことがスマートな街。すごい勢いで自転車が走り抜けて、時々冷たい雨が土砂降りにやってくる。個人的に花の関係で縁の有る場所でもあったので、ここから始めて、ここで終わる旅だったのもまた何かの縁なのではないかな、と思う。

以上です。本当はおそらく1000枚近くの写真があるのだけど、旅のまとめとしてはこれでいいかな、と思う。こうやって書いてみると、情熱を持って書きたいところと、そうでもないところとはっきりある。そういう思うがままの部分をこれからも動力に旅を続けるんだろう。

時々若者が「世界1周しました!いろんな人に会いました!人生変わりました!」みたいなのがあると思うし、そういうことをやったことのない私はそういうものへの憧れがあったのだけど、なんっていうか、結局私の旅は私の旅でしかない。もう若くはない、人と会うのめんどい、観光地とか興味ない、走りたい、おいしいコーヒー飲んでほっこり仕事したい、暖かい毛布にくるまって寝たい、それでも知らない街をちょっと歩きたい。結果、世界は半周しかしていないし、旧友ばかりを訪問していたし、たぶんお金も結構使っている(主にブラジルで・・・)。

なんだけど、それは価値がないことだろうか?

私にはまだその答えはないんだけど、たぶんこの写真を見ている限り、おそらく多分きっと、私は何かを得てこの旅を終えたんじゃないかな?と思っている。

おしまい(明日からまた旅に出ます)

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