正しい子育てはあるのか

私が時々傷つく言葉が

「やっぱり不安定な家庭で育つと、精神的に強くなれないのよ。教育ってお金じゃないわ。」

みたいなものです。

教育がお金ではない、はagreeです。

が、では「不安定な家庭で、例えばお金はあっても愛情が不足していた人は、一生不幸なんですかね?」

まぁ、そうかもしれません。確かに子供の頃に、例えば「失敗しても受け止めてくれる人がいる」みたいなsecure baseを確保できることは、大人になってからの精神的な強さとかをくれると思います。確かに。私めっちゃメンタル弱いですからね。

が。

本当にそうなんでしょーか。幼い頃から与えられた教育環境で、一生は決まってしまう?例えば虐待された子は永久に幸せになれませんか?

大阪かどっかでキャバ嬢に餓死させられた子供が二人いたと思います。その子たちのことをかわいそうだ、という人はたくさんいましたが、もし彼らが骨と皮の脱水症状から生き延びたら、一生幸せになれなかったのでしょうか?

私は一番怖いのは、親がそう思い込んでしまうことだと思います。闇雲に教育ママで受験戦争をさせるのはよくない、ならば情操教育でピアノとかスポーツとかをさせよう、あるいはこれからは国際教育だ!子供のうちから海外に触れさせよう!あと、夫婦円満が一番!(ここは離婚が悪という人と、離婚は別にしても不和がないほうがいい、という思想分かれますよね。)でもね、どっちが幸せかは、その子しかわからないんじゃないですかね?何も決めることができないことも、すべて好きなものを選べと言われることも、どちらもそれなりの辛さがあるのではないでしょうか。

最終的に他人の幸せは人にはわからないもので、そして子供は立派な他人だと思います。

自分の親は、教育熱心だけどわりと情操教育寄りで、かつ彼ら自身の海外経験も手伝って、わりと自由な環境で育ててもらったと思います。母親は専業主婦で、父も経営者なので親と過ごす時間も多かったと思います。でも同時に辛いこともあって、それでもまぁ、例えば母親の料理がおいしかったとか、父親は絵を描くのがうまかったとか、いいこともあって、教育や家庭環境のせいで自分が精神的に幸せだとも不幸だとも思わないです。ピアノを弾けるの今うれしいし、教育のおかげかもしれないけど、弾けなかったらいじめられることもなかったかもしれないし、他にやりたいこと見つけたかもしれないし、nobody knowsすぎますよね。

(もっともこういう考え方をする人間に育っちゃっていること自体を、不幸な人だと後ろ指刺されてしまうのかもしれませんが。また物理的にはやはり彼らの資産力により恵まれていると認識しますが、それは社会格差と呼ばれる全く別の問題だと思います。)

追記
どうしても誤解がありそうだなーと思い、言い方を考えたが、夫婦円満も幸せな家庭も、情操教育も、子供のためかはわからないけど、自分が親としてそれが幸せならば、別にそれはそれでいいんだと思う。だって少なくとも自分自身にとっていいならいいじゃない?(ただそれを子供の幸せとイコールにするのが疑問なだけです)

楽譜の不思議

久々にピアノを弾きにいった。久々に行くといつもどこか動かない指との葛藤もあるんだけど、それ以上に気持ちが前のめりになるというか、気づくと涎がたれる没頭をする。

最近なかなか暗譜ができない。楽譜がないと音を思い出せない。いや思い出せるんだけど、なんというか楽譜があると、確実に弾ける。ないと指は覚えているんだけど、次の音なんだっけな、とぱたっと止まってしまうことがある。でも、そういうときにすごく不思議なのが、「なんで自分はピアノを弾きながら(左右の指違う動きをしながら)この摩訶不思議な楽譜というものを一瞬で見て次の音を知るということができるのか?」とつくづく思う。

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ラフマニノフ

ラフマニノフのプレリュード5番をふと聞いた。

そしてふと思った。

80歳になるまでに、いや70歳になるまでにこの曲を弾けたらいいな、と。

私の指は4歳のときからピアノを叩き、15年間ずっと触り続け、そしてぱたっとそれを断った。そこにはいろんな理由があったのだけど、ほとんど弾かなくなって長いトンネルを抜けて12年後、ロンドンのEdgeware RoadのKAWAIのピアノを涎をうっかりたらすほど夢中になって弾いた。

指は未だに動かない。シューベルトのOp90-2、15歳の頃はあんなに簡単に弾けたのに、今は惨めだ。どれほど心の中で音を描いても、この指はその音を叩かない。

幼い頃からクラシックは父親が好きだったので、聞かされたのだけど、あんまりロマン派ばりばりの曲は聞かなかったし(バッハとかモーツァルトとかなんかこう乾いたロジックの美しい世界、別にそれはそれで心洗われるんだけど)、年齢もあってシューベルトやショパンはかなり後になってからちょっと弾いただけだ。とんでドビッシーは弾いていたんだけど、なぜかこてこてのロマン派はいつも弾かせてもらえなかったし、こういう「ドラマチックな」曲を好きなのは、どこかで「いけない」と思っていた。

でも自分はそんな悟りを開いた人間じゃないし、天然でぐたぐたにドラマチックでぐわっとしたこういう曲、単純に好きだ。どうしようもないエネルギーみたいなの感じられるし、おそらくそういうのをアウトプットしているほうが合っているんだろう。

70歳になるまでに弾きたい曲がたくさんある。

70歳になっても「だいぶこの曲弾けるようになったんだけど、まだこのアルペジオが音が均一に丸くならないのよねぇ」と練習してしまうような老婆になりたい。

Life is too short to try everything

とこれまたふと思った。他の楽器とかの方が持ち運び楽だからいいんだけど、でも私はピアノをやっていたし、今更他の楽器をピアノのレベルにまで持っていくのは相当時間がかかる。

あと35年あったら、きっと弾けるようになるだろう、と思ったら、なんだかとても安心した。

独断と偏見のSGマップ

もしシンガポールに帰って来れたらどこに住もうかなー、というのをよく考える。そこで、シンガポールに住むとしたらどんな場所がありますか?、みたいな人向けにちょっと考えてみようと思った。

ちなみにシンガポールという場所、東にチャンギ空港から西のセカンドリンク(マレーシア国境)まで多分車で1時間くらいしかかからないし、南のSentosaという人工的な島から北のマレーシア国境までもおそらく40−50分でいけるのでは、くらいの面積なのだが、一応いろんな場所がある。

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またシンガポールにいる

たったの数日マニラにいて、ただ3年前3年間ずっと繰り返していたように金曜日の夜中の同じ時間帯にシンガポールに帰ってきただけなんだけど、ここにはまだ自分の家があるわけじゃなくて、そして日本にはウッドデッキのある自分の家がある、そんなことが信じられないような感覚に教われる。

でも去年の年末思い切ってシンガポールに帰らなくてよかったと思っている。そのおかげで私は二つのことを日本の生活でもらった。一つは、日本の中のいろんな場所。この間行った青森のように、そして東京の中にもいろんな場所があって、気づかぬうちに一カ所で生活しているとごく限られた生活圏内しか知らなくなってしまう。私が東京にいたおかげで、何人かの旅人が訪れ、彼らがアクティブにいろんな場所を探索していく姿を見て、逆に東京、そして日本のいろんな魅力に気づけた。こうしてシンガポールに戻ってきて、最近Airbnbでいろんな場所を試すんだけど、シンガポール島内狭いと言えども、まだまだたくさんの知らない場所がある。(もちろん変化が早いというのもあるけど)まるでマクロレンズで接写して見える世界のように、近場でも知らない、ほんの一つの角を曲がったその先の世界のおもしろさ、みたいなのに気づくことができた気がする。

もう一つは、自分の生活にとって大切なもので自分を守ることだ。それはウッドデッキだったり、枯れてしまうかもしれないアイビーだったり、鍋だったり、コーヒー用の大谷焼のマグカップだったり、ヨガマットだったり。ノマドとしてできる限りアセットを持たないようにしていたけど、ちょっと「持つ」ようにするとすごく自分が楽になる。そして、自分にとって必要なものは「ほんのちょっと」だった。いい椅子もいらないし、広いベッドもいらない。本棚もいらない。いるものといらないものはほんのちょっとの差で、でも何が捨てちゃいけないものなのかわかったのだ。