Disclipline and indulgence

pride and prejudiceみたいなタイトルにしたかったけど、結局うまい言葉が見つからずそのままとなった。日本語の意味としては「自律と自分を甘やかすこと」とでも言えばよいだろうか。

私はこの二つのバランスって、とても大切なんじゃないかな、と思う。

今年のサクラ写真の中でわりと気に入っているやつ

私はわりとself-disciplinedというか、「自分でこう」と決めると、こつこつやることができてしまう。走る、とか、毎日働く、とか、朝起きるとか、酒を飲まないとか、甘いものを控える、とか。中国語とかGMATとかもそれだろう。悪いことじゃないと思う。

悪いことではないのだが、行き過ぎると、自分をぼろくそにしてしまう。毎晩夜中3時までとか働いているのに、朝8時に起きることのできない自分を責めるようになる。今のことではなくずっと昔のことだ。そういう中で人間の精神というのは摩耗する。すり減る。

よく思うのだが、ふくよかな女性、というのは色々なカルチャーにおいて「女性らしさ」「母性」の象徴とされ(程度の差はあれ)、往々にして「少しだけ自分を甘やかすことを知っている」人なんじゃないかな、と思う。甘いもの食べたかったら我慢しない、とか、おいしくお酒を飲むとか、そういうことだ。自律が全くなく、だらだらとポテチとビールを毎日主食にしてしまう人は好きじゃないが、「今日は疲れたしいっか」とそれができる人はいいと思う。そういえば自分は上述のころ体重が45キロを割ってしまったことがあって(身長160センチ以上ある)本当に行き過ぎだったんだろーなーと思う。

実は「自分で自分を甘やかす」というのはとても大切なことだ。自分で甘やかせない人は、他人にそれをゆだねる。「なぜ自分をかわいがってくれないの?」という人まれにいるし、自分もそう思うことがよくあった。それを意識しない人は、年齢は大人でも、やっていることは子供と同じことが多い。前に分析家に聞いた話だと、例えばパートナーとの関係が、完全に父娘や母息子の人というのは普通にいるらしく、それはこういう部分なんじゃないかなと思う。逆に年齢が若くても、自分で自分を癒す方法を知っている人もいる。

自分で自分を甘やかすのは、色んな方法がある。バカ高い買い物をすることかもしれないし、思いっきりマンガを読みあさることかもしれない。15時間ぶっ続けで寝ることだったり、おいしいコーヒーをこだわって入れることかもしれないし、ピアノを思い切り好きなように指使いめちゃくちゃで弾くことかもしれない。家具がダンボールでもいい部分もあれば、何万もするものが欲しいこともある。甘やかし方は誰も知らないから、自分で見つけるしかないし、何もいけないことはない。

大切なのは、Discipline and indulgenceのバランスなのだと思う。極限まで自律を保てるが、自分で自分を豊かに保つことを知っている人は強い。私もそうありたいものだなぁ、と思いながら、ガッパオにタイアイスティーをつけて自分を甘やかした。

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